君がいたから、

8月 28, 2006

学生の頃。

とは言っても、すでに大学生になって、そろそろ成人式かなという頃、知り合ったクラスメートの話。

大学は高校の頃と違って、隣に誰が座っているとか、どんな奴がクラスメートなのか、さっぱり無頓着だった。

大学に入れたことで、目標がなくなってしまったのだろうか。

授業にでても、かろうじて存在感を意識させられたクラスメートぐらいで、落第しないように勉強しなきゃ、と思わなかったし、緊張感がどうしてももてなかった。

ある日、留学生会館だったろうか。

談話室のソファーに、社会に出る前の4年間のバケーションっとかいったタイトルで、日本の大学生活が英語で紹介されていた雑誌がころがっていた。

その大学がそうだという意味で紹介されていたわけではなかったけれど、

大学にいくって、一体なんだったんだろうと思ってしまった。

幸か不幸か、ロングバケーションな大学生活にはならなかった。

そのきっかけのひとつが、彼との出会いだった。

無頓着で、クラスメートに誰がいるとか、クラスメートの誰は何しているなんか、さっぱり気にかけることなく、過ごしていた。隣がどんな奴かにあまり興味もなかったけれど、たぶんなんてことないきっかけで、バイトしていた先の用事で週のうち3日ほど通うことのあった街の雑誌社に勤めていることをしった。仮に、島内(しまうち)としておこう。

島内が勤める雑誌社はよほどひまだったのか、こちらがたずねる度に午後まで時間の空いたこちらのひまにつきあってくれていた。

ついでに、どのくらい暇ができたかを書いておくと、お昼食べて、映画一本みて、それでもしばらくほっつきあるいていられるぐらいの暇がある時がほとんどだった。

そのアルバイトをはじめて、島内がいる街で片付けなければいけない用事がどんな内容かを把握するにしたがって、徒歩では時間の間に合わない場合があると職場の人たちを説得し、自転車を購入。間に合わないというリスクは回避でき、おつりとして待ち時間が以前よりも長いものになった。

島内と、週に1,2度彼のバイト先の地下にあった喫茶店で世間話をしていたと思う。

ただし、どんな話をしていたのかは、実はよく覚えていない。授業のこととか話していたのだろうか。

そんなある時、こちらが日本の外へ冒険にでかけるという話をしたことがあった。
すると、島内が、南の方へいくのだったら、是非伊東に会えばといってきた。

「伊東?」って誰だ?

「誰って。おれたちのクラスメートじゃないか。忘れたのか?」

「忘れたとかじゃなくて、知らない。そんな奴」

島内と週1・2二度会っていると、彼もこちらがちゃんと授業にでているかのような錯覚にあったようで、実はこちらがあまり学校へ行っていないというのにはじめて気づいたようだ。

そして、島内にメモしてもらった幻のクラスメート、伊東をたずねて南のそのメモされた住所をたずねてみた。

その住所にとどりついて、ブザー(チャイムだったかな)を押してしばらく待つと、なんかすげーお姉さんがでてきた。伊東ってこんなお姉さんが住んでいるところに下宿しているのか。なんて思いながら、伊東が不在なことを聞き、もうしばらくして、伊東が戻ってきそうな時間に出直してくるといって、その家を去った。

2度目に伊東の下宿を訪ねたときは、ちゃんと伊東がいた。

まるっきり、初対面とも言えるような挨拶で、互いに「お前が幻のクラスメートか」と言い合って、大笑いした。

伊東は日本を離れてすでに数ヶ月経っていたので、こちらよりも土地の言葉に慣れていた。その彼の案内で、確か1週間ほど、彼の友人たちに紹介してもらったり、その友人たちの家に招待してもらったり、うん、これって日本じゃないんだよなっていう経験をすることができた。

その一週間、彼の友人たちとも楽しく過ごしたけれど、こちらも前年知り合いになった友人の家に泊めてもらうことになった。一日中、伊東や友人たちとほっつき歩いていたので、夜ベッドを借りただけの家だったけれど、彼氏と喧嘩中だった17歳の妹さんや、野心旺盛のそのお兄さんやら、へんてこな家庭環境などを知ったのは、寝泊りはじめてから。さすがに、なんだか居ずらいといってホテルへ引っ越すには、これまた微妙な空気があったりして、結局1週間がんばってしまった。

そんなあっと言う間の一週間が過ぎて、伊東ともわかれ、帰国した。

伊東も数ヶ月すると、日本に戻ってきた。
その後、日本に戻った伊東の異国の友人たちのことを共通の話題として話せることができたのが他にいないとかも理由だったのだろうけれど、伊東とバカやったり、一緒に友達付き合いすることが多くなった。

そうしてまた時は過ぎて、またあの土地へやってくる機会に恵まれた。

本来なら、またやってくることができたこの機会に感謝し、その機会をより幸せな時間として過ごせるように努力すべきだった。実際に、努力はしたし、結果も予想以上のものを得ることができたり、決して無駄ではなかった。

ただ、ひとりぼっちで異国でいると、日本にいると絶対考えないだろうと思うようなことを考え、そして実行してしまう時もあったりする。

ここまで書いて、なぜこんなこと書いているんだろうか、と。

つぶやきがつぶやきでなくなったら、おしまいかな。

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